幅50センチ、高さ70センチ、奥行き18センチほどの小さなチェスト。中に予備のペーパーロールやウエットティッシュなんかを入れておくためのものです。
小振りだからと言って簡単にできる訳じゃありません。大きくても小さくても部材数は一緒。製作時間はほぼ部材数に比例するのですから。部材が小さいだけ、かえって手間が掛かるっていうこともあります。
しかし、注文する側としては小さいんだからそれなりのお値段でって思うのは当然のことでしょうね。
このチェストの問題点はまさにその部分にあります。
って愚痴を言ってても始まらないんで、本題に戻りましょう。
このトイレは写真で左右方向、つまり奥行きの長い、比較的余裕のある作りになっています。
建物は不特定多数が利用するギャラリーになっていて、トイレも当然その人たちが使います。
今まで予備のペーパーは籠に入れて床に置いてあったんですが、もうちょっとお洒落に置きたいっていうオーナー様のご希望で受注したものです。
ご希望は「華奢で上品に」仕上げる事。「それが出来ていればそれ以外の注文はありません。お好きに作って頂いて結構です。」って仰るんですが、「華奢で上品に」って言うのは十分結構なご注文なのですよ。もとより弊工房の基本コンセプトでもあるので否やは申しませんが、ちょっと気合を入れないと「条件を満たしてないから返品」って言われそうで怖かったです。
左右の扉に縦長のスリットを入れたのは、初めての人にもこの中に予備のペーパーロールがあるってわかるように。
しかし実際はよほど注意してみないと分からんじゃろうね。無駄な工程だったかしら?ま、デザインってことで。
出荷前の全景。甲板に入れた紫檀のモールがポイントです。扉の引手も紫檀です。
背板は安直な仕上げだとシナ合板を使ったりするんですが、今回は本体と同じメイプルを使いました。こんなところで施主様の不興をかうのもねえ・・・・。
甲板の手前側はR12.5mmの小丸仕上げ、奥側は角仕上げにしました。紫檀のモールが鮮やかですが、なかなか完璧っていうのは難しいですね。この技はまだ他のお客さんには使えません。
トリマーの扱いが下手で、こういう事になってしまうんです。トリマーに距離定規を付けて各木端・木口から等距離に6mm幅の溝を突くんですが、BITを入れる最初の所で起きるんですね。
定規が正確に木端や木口に密着していないんです。
この傷は絶対に誤魔化せません。この施主様はこういう事には不思議に寛容で、「細かい事は気にしない。全体が綺麗ならそれで充分。」っていう男前な感覚だってわかってるんで、失敗は予想しながらもモールを採用した訳です。
この加工のキモはこの直交する部分。45度のカット部分のカットのシャープさと正確な長さ。長くても短くてもいけません。
少しだけ長めにカットしておいて(手鋸ですよ)、キンキンに研ぎ上げた鑿で突いてぴったりの位置に追い込みます。ちょっとでも短くなったら最初からやり直しです。
順に挿入してきて、最後の1本を入れます。これは1発勝負でやり直しがきかないので、気が済むまで何度でも長さを確認しながらの、気を遣う工程になります。
なぜ一発勝負かっていうと、溝6mmに対してモール材の方は6mmプラス0.1~0.2mmにしてあり、挿入は万力でやっと入るようにしてあるからです。手で入るようでは絶対に隙間が出来てしまい、どことなく曖昧な印象になってしまうからです。
従って長ければ入らず、短ければ隙間ができるっていう寸法です。
よっしゃ!うまくいきました。ま、失敗しても少しだけの隙間なら誤魔化しが効かない訳じゃないんですがね。
サンディングにも注意が要ります。マスキングなしで漫然とやると、紫檀の赤いトクソがメイプルの微細な導管に入って取れなくなります。この後モールの逆側にマスキングして中央部を、最後にモール部分だけを出して幅6mmの端材にペーパーを貼って慎重にサンディングします。
まえにも書いた記憶があるんですが、溝の深さ(今回は5mm)に対してモール材は6mm強ぐらいにして置き、挿入後鉋で余分な部分を払うので、甲板の木目とモール材の木目の順逆を確認して合わせておくことが重要です。紫檀は鉋掛かりは良いんですが、逆目方向では意外にサクいようで、逆目掘れは深くなる傾向が強いようです。
納品に行って写真を撮ろうとしたら、施主様が小さな花瓶を置いてくれました。(1枚目の写真)
「あ、花を置いたらいいですねえ。花瓶を置く小さな台を作りましょうか。7センチX12センチぐらいの紫檀の板の周りを10mm幅ぐらいのメイプルで囲ってやれば、甲板とのマッチングが良いですよ。あ、お代は本体分に含まれてるって事で結構です。」
「あら、いつもすみませんねえ。じゃあ、お願いします。」
って事になってしまいました。
思いついた事をすぐに口にしてしまう悪い癖が出ちゃいました。口は禍の元とはこのことじゃわなあ・・・・・。